- JLogos検索辞書>
- 十二村(近世)とは
「十二村(近世)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
- amazon商品リンク
十二村(近世) 江戸期~明治7年の村名甘楽【かんら】郡のうち高田川下流左岸に位置する小幡藩領村高は,「寛文郷帳」で220石余うち田方150石余・畑方69石余,「元禄郷帳」も220石余,「天保郷帳」331石余,「旧高旧領」も331石余当地は交通の要衝で,妙義山・松井田宿・安中【あんなか】町・富岡町各方面への道が交錯していた助郷は,元禄10年から中山道坂本宿の定助郷村となり,助郷高295石で勤めた(松井田町誌)年不詳の小幡藩領村々石高人数等書上帳(松浦家文書/県史資料編9)によれば,村高331石余うち本田302石余・新田28石余,反別は本田が田17町7反余・畑11町3反余,新田が田2反余・畑5町余,家数71・人数283,百姓預林5などとある幕末の改革組合村高帳では,七日市村・一宮町両寄場組合に属し,高302石余,家数54明治4年小幡県,群馬県を経て,同6年熊谷県に所属同7年上高田村の一部となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
十二村(近世) 江戸期~明治22年の村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」